今日の日本では、さまざまなところでDXの必要性が叫ばれていますが、実際どのくらいの企業がDXを実現できているかご存知でしょうか。その答えを知るために役立つのが、日米のDXの現状をまとめた調査報告「DX白書」です。本記事では、DX白書の内容を解説するとともに、今後のDX推進のために重要なポイントを解説していきます。
全文:DX白書2021
サマリー:DX白書2021 エグゼクティブサマリー
DX白書を作成したIPAとは
DX白書の説明に入る前に、まずその作成機関についてご紹介します。DX白書を作成したのは、独立行政法人 情報処理推進機構という機関です。情報処理推進機構は英語で「Information-technology Promotion Agency」と表せることから、「IPA」という略称で呼ばれることも多くあります。2004年に発足したIPAは、IT分野における経済産業省の政策実施機関として活動を続けてきました。
具体的には、「情報セキュリティ対策の推進」「IT人材の育成」「IT社会の動向分析および基盤構築」が主なミッションとして掲げられています。たとえば「ITパスポート試験」の実施や、毎年公開されている『情報セキュリティ10大脅威』の作成などもIPAの仕事です。
DX白書とは
「DX白書」とは、IPAが2021年に公開したレポートです。DX白書は、日本企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)推進の支援を目的に作成されました。
DX白書の特徴としては、日米それぞれの企業におけるDXの現状を比較検討していることが挙げられます。IPAは日本企業534社、米国企業369社へアンケート調査を行い、その調査結果に基づいて両国企業におけるDXの進捗状況や、DX推進への課題と対策などを包括的に報告しています。
DXの取り組み状況
ここからは、DX白書の詳しい内容について解説していきます。
まずは、日米におけるDXの取り組み状況の比較です。日本ではDXに取り組んでいる企業が55.8%にとどまっているのに対し、米国では79.2%と、ほとんどの企業がDXに取り組んでいます。他方、DXに取り組んでいない企業は、日本では33.9%と約1/3も存在するのに対し、米国ではわずか14.1%に過ぎず、両国のあいだには大きな差がついていることがうかがえます。
「製造業」「流通・小売業」「サービス業」「情報通信業」「金融・保険業」からなる業種別の取り組み状況においても、日本の数字は軒並み米国よりも下回っています。特に製造業に関しては、DXへ全社的に取り組んでいる日本企業の割合は20.1%であるのに対し、米国企業では44.1%と、実に2倍以上の差がついています。これは流通・小売業に関しても同様であり、全社的にDXに取り組んでいる日本企業は15%、米国企業は34.1%と大差がついているのです。
また、DXを実現するには、その前提としてデジタイゼーション(アナログデータのデジタル化)の実施が重要ですが、その実施成果においても日米間では差があります。デジタイゼーションの成果が出ていると回答した日本企業が70.1%なのに対して、米国では84.8%の企業が成果を出していると回答しているのです。これらの結果から、日本のDXの取り組み状況が、米国に比べて質・量ともに出遅れていることがわかります。
DXに向けた協力体制に日米で大きな違い
DX白書の調査結果によれば、DXに向けた社内の協力体制にも日米では大きな違いが出ています。DXに関して、経営者・IT 部門・業務部門が協調できているか尋ねたところ、日本企業の回答結果は「十分にできている」「まあまあできている」を合わせて39.9%にとどまっていました。他方、米国企業は「十分にできている」割合だけで40.4%にも達しており、「まあまあできている」の45.8%と合わせると、全体の8割以上が社内の協力体制について良好と回答しているのです。
この違いを生んだ要因としては、企業変革を推進するためにリーダーが持つべき重要なマインドおよびスキルとして、「テクノロジーリテラシー」と答えたのが日本企業では9.7%、米国では31.7%と大きく意識が違うことが挙げられます。ビジネスモデルの抜本的な変革を伴うDXにおいては、意思決定を行う層の積極的関与が欠かせません。
この点、意志決定を行う層のITリテラシーの低さが、米国企業に比べて日本企業のDX協力体制の構築やDX推進が遅れている理由として推測できます。さらに、伝統的な日本企業によくある組織の縦割り構造も、部門横断的にDXを促進する際の足かせになっている可能性が考えられるでしょう。
日米間の人材に関する違い
日米間では、DX人材の充足感でも質・量ともに大きな違いがあります。DX白書によれば、変革を担う人材の「量」と「質」の充足感を尋ねたところ、「過不足はない」と回答した企業が、米国では「量」が43.6%、「質」が47.2%だったのに対して、日本企業では「量」が15.6%、「質」が14.8%にとどまっています。
また、DX人材の量が「大幅に不足している」と「やや不足している」を足した割合は、日本企業では76%だった一方で、米国企業では43.1%と不足感にも差が出ています。このことから、日本企業ではDXの推進に不可欠な原動力である人材が、質・量ともに不足していることが課題であるとわかるでしょう。
DX人材の充実を図るには、DX推進のために必要な人材要件を明確化し、スキル評価や処遇などのマネジメント制度の整備を進めたうえで、採用や外部人材の活用を進めることが必要です。とはいえ、DX人材は需要過多の現状にあるため、外部から人材を取り込むだけでは十分な効果が出ない可能性があります。そこで重要となるのが、社内の既存人材の学び直し(リスキル)を企業として推奨・支援することです。
しかしながら、この点でも日本企業は米国企業に比べて意識が低い結果が出ています。日本企業においては、全体の66.6%が社員のリスキルについて未実施という回答結果でした。対して、米国では実に82.1%もの企業が、社員のリスキルについて何らかの施策を実施しています。この結果から、米国と日本でDX人材の充実度において大きな差異があるのは、どこかからよい人材が来てくれることを待つのではなく、積極的な取り組みで人材を育てる体制の有無が影響していることが見て取れるでしょう。
DX時代の企画開発手法
ここからは、DXを推進していくために重要となるポイントについて解説していきます。
昨今は、新型コロナウイルスのパンデミックや国際情勢の緊張などに示されるように、環境変化が激しく先行き不透明な「VUCA(Volatility・Uncertainty・Complexity・Ambiguity)」時代と呼ばれています。このようなVUCA時代においては、これまでのような3年や5年などの長期計画や戦略を立てて実行していくやり方では、その変化に追いつくことができません。そこで重要となってくるのが、消費者のニーズをタイムリーに捉え、サービス開発を素早く実現するためのプロセスやシステムを、IT面とビジネス面の両方で取り入れることです。
DX白書では、こうした開発手法の代表例として「デザイン思考」「アジャイル開発」「DevOps」の3つが挙げられており、これらを組み合わせて運用することがDX実現のために重要であると指摘しています。以下では、これら3つの方法について簡単に解説していきます。
デザイン思考
デザイン思考とは、課題の発見や企画の立案などに際して、デザイナー的な思考を働かせることを意味します。顧客ニーズを満たすためには、当然ながら最初に顧客のニーズがどこにあるのかを正確に把握することが不可欠です。その点、デザイン思考はユーザー視点に立って顧客ニーズを正確に捉え、それを製品やサービスに落とし込むことに適しています。デザイン思考は大きく分けて、以下の5段階から構成されます。
(1)観察・共感;顧客の課題やニーズを顧客視点で把握する
(2)定義:顧客ニーズを抽出して可視化する
(3)概念化:(2)の解決策になり得るような新しいアイデアを出す
(4)試作:プロトタイプとなる試作品を開発する
(5)テスト:試作品のフィードバックを集め、より洗練していく
このデザイン思考を足掛かりにすることで、デザイナーが行っているような創造的思考をトレースし、顧客ニーズを満たす革新的なソリューションを開発しやすくなります。
アジャイル開発
アジャイル開発の「アジャイル(Agile)」とは、日本語で「迅速さ」を意味する言葉です。その名が示す通り、アジャイル開発においては顧客ニーズに対し、柔軟かつ迅速に対応できる開発体制を理想としています。
従来の開発手法(ウォーターフォール開発)は、最初に要件定義と全体計画の策定を綿密に行い、それらに沿って開発を進めていくものでした。しかし、このような開発の進め方では、開発途中に新たに顧客ニーズが生じたり、問題が発生したりしたときの対応が難しくなります。
それに対してアジャイル開発とは、顧客ニーズを満たすことを最優先事項に置いて、システムの根幹部分や優先度の高い部分から順次開発・リリースしていき、そのフィードバックを得ながら開発を進めていく手法です。このようなアジャイル開発の発想は、VUCA時代への対応策としても注目されており、アジャイル的な発想に基づきビジネスプロセスを高速化した経営手法を「アジャイル経営」と呼ぶこともあります。
なおDX白書においては、アジャイルの原則とアプローチを取り入れているかどうかを問う項目もありますが、日本では1/3ほどの企業しか活用あるいは検討しておらず、75%超の米国とはここでも大差がついています。
DevOps
DevOpsとは、アジャイル開発から発生してきたアプローチのひとつで、セキュアなソフトウェアを最高のスピードで構想・開発・提供するための開発手法です。アジャイル開発では、迅速に開発を進めたい開発チームと、製品の安全性・安定性を担保したい運用チームとのあいだに、しばしばギャップが生まれることがあります。DevOpsは、その溝を埋めるための方法です。
DevOpsにおいては、開発からテストに至るまでのプロセスにおいて、開発チームと運用チームがより緊密に、あるいは統合的に関わり合います。そうして後々の運用のしやすさまで考慮に入れながら開発を進めたうえで、そこに自動化技術を組み合わせることで、開発・運用の効率化・迅速化を進めていくのです。
昨今では、開発チームと運用チームのコラボレーションに、さらにビジネスチームを加えた「BizDevOps」という開発手法も注目を集めています。DXを実施する際にも、顧客やそのデータに直接触れ合い、顧客ニーズを深く理解している営業部門やマーケティング部門などのビジネスチームを開発に巻き込むことで、開発の効果を上げていけるでしょう。
DXを支えるIT基盤
DXを推進する際には、IT基盤の整備が重要になります。そのために第一に取り組むべき施策とされるのが、クラウドの導入です。クラウドは日本でもすでに普及が進んでおり、IT基盤の構築や運営の効率化において大きな役割を果たしています。
とはいえ、より迅速かつ安全な開発サイクルを実現するためには、「マイクロサービス」や「コンテナ技術」などをはじめとする、さらなる技術活用が欠かせません。あるいは、新時代の技術としてAIの活躍が今後ますます強く期待されていますが、この導入にも日本ではまだ遅れが見られます。AI人材の不足も深刻なので、その人的基盤を確保するための取り組みも重要になってくるでしょう。
また、いくらITシステムの整備やデータ分析を進めても、それが実際のビジネスプロセスに反映されなければ意味がありません。この点に関し、DX白書の調査では37.1%の日本企業が「全社的なデータ利活用の方針や文化がない」と回答しており、大きな課題があることが判明しています。
データに基づいてビジネス上の意思決定を行う経営手法を「データドリブン経営」といいます。DXの実現のためには、企業の意思決定に大きな権限を持つ経営層が、このデータドリブンな思考態度を持つことが欠かせません。このように、DX実現にはIT基盤の構築だけでなく、人材の充実や経営体制の適応も重要になってくるのです。
まとめ
本記事では、DX白書の内容に基づいて、日米のDXの取り組み状況を解説しました。DX白書の調査結果からは、DXに向けた取り組みの有無だけでなく、DXのために必要な組織づくりの面でも、日本が米国より遅れていることがわかります。
DXを実現するには、IT基盤の構築ももちろん重要ですが、DX人材の雇用・育成や、経営陣に「データドリブン」な思考態度を根付かせることが大切です。DXを推進する際には、DX白書を参考に、まず自社のDX推進体制を見直してみることをおすすめします。
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