AIなどを用いたデータ活用の重要性は、日本の主要産業である素材開発の分野でも高まっています。マテリアルズ・インフォマティクス(MI)とは、それを象徴する概念です。本記事では、MIの概要、注目される背景、推進する上での課題、そして課題解決の鍵となるデータマネジメントプラットフォーム(DMP)について解説します。
MI (マテリアルズ・インフォマティクス)とは?
MIとは、Materials Informaticsの略称で、機械学習や情報科学(インフォマティクス)の手法を駆使して、新素材の開発や既存素材の性能改善を目指す手法です。その目的は、研究・実験の繰り返しによって膨大な時間を取られる従来の開発プロセスを、データ駆動型のアプローチで大幅に加速及び効率化することにあります。
MIでは、素材に求める特定の性能を満たすために必要な材料の組み合わせや製造方法を、高度な計算シミュレーション、あるいは機械学習による論文・実験データの分析結果などを通して予測します。これによって、開発者はより迅速かつ正確に素材の最適な組み合わせを特定し、開発プロセスを効率化できます。MIは特に化学メーカーなどで導入が進んでおり、研究開発のスピードアップやコスト削減に寄与しています。
MIが注目を集める背景:国際競争力低下の懸念
日本政府はMIの導入と活用を促進する方策を打ち出しています。例えば、内閣府が発表した『戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)』や経済産業省が策定を進める『マテリアル革新力強化のための政府戦略』は、この方向性を具体化したものです。
特に後者は、『統合イノベーション戦略2020』と『第6期科学技術基本計画』も踏まえて、素材・材料やデバイスなどのマテリアル面からイノベーションを促進する必要性が高まっているという認識に基づいています。
また、MIによって素材開発のテコ入れが必要と考えられている背景には、グローバル競争の激化や技術革新の加速が進む中で、日本の主要産業である素材開発について、以下のような理由から国際競争力低下が懸念されていることがあります。
イノベーションを支える仕組みが不在
工業素材は日本の輸出総額の約2割を占める重要な輸出品目です。しかしその一方で、模倣しやすいことや、オープン・クローズ戦略が不足していることで、市場シェアを下げている分野もあります。特にマテリアル系ベンチャーの活動は低調であり、新領域の開拓については苦戦している状況です。こうした現状に対応するためには、MIを活用して開発プロセスの合理化を進めたり、政府のファンディングスキームや大学との産学連携体制をさらに強化したりして、多様化する市場ニーズに対応するためのイノベーションエコシステムを構築し直すことが求められます。
参照元:マテリアル革新力強化のための政府戦略に向けて(p.4)
素材開発の質・量が低下
従来、日本は素材開発の分野で優秀な研究者を数多く抱えていましたが、若手研究者の不足や人材の高齢化に伴って、外国人研究者への依存が進んでいます。また、研究者が良質な素材データを所有していても、それを共有する仕組みが整備されていないことも課題です。こうした影響は、論文の国際シェアが質・量共に低下していることなどにも表れています。
非効率的な従来型の開発
従来、日本の素材開発の強みは、時間をかけた基礎研究にありました。この土台の上で、応用研究を進め、世界をリードする素材開発を進めてきました。しかし昨今では、AI技術の進化と共に、グローバル競争に勝つためには研究開発のスピードを加速することが強く求められています。したがって、MIなどを活用して非効率的な開発方法から脱却して開発速度を向上させることが、日本の素材産業にとって重要な課題です。
MIを推進する上での課題
MIの導入と活用は、素材開発を革新する可能性を秘めています。しかし、MIの活用を推進するためには、以下のような課題を克服する必要があります。
データサイエンティストが不足している
MIの成功には、データサイエンスと材料科学の双方に精通した人材が欠かせません。しかし、このような複合スキルを持つデータサイエンティストは非常に少なく、十分な数の人材を確保するのは困難です。各素材の性質や開発プロセスに関する深い理解と、データ分析を組み合わせる能力を兼ね備えた人材を社会全体で増やしていくためには、相応の時間と資源を投入して教育機関の整備などを進めることが求められます。
データの質と量が不足している
MIの有効性は、利用可能なデータの質と量に大きく依存します。しかし日本の多くの企業では、過去の研究データが紙ベースでしか保存されていなかったり、デジタルデータがあっても保存形式が統一されていなかったりと、データ活用をする上での問題が数多くあるのが現状です。さらに、失敗した実験データがMIの学習データとしての価値を発揮することがありますが、これが記録されていないことも少なくありません。このような状況を改善し、質と量の両面でデータを充実させていくためには、データの保存管理に関する統一的な仕組みやルールの整備が必要です。
データの解析技術が不足している
データの蓄積だけでなく、その解析に必要な技術もまた不足しています。素材開発においては、“何某の用途に使えるような特性を持った素材が欲しい”というニーズが先にあり、そこから逆算して、どのような組成や構造であればそうした素材が実現できるのかを検討するのが通例です。こうした分析の仕方は、データ分析においては「逆問題」と称されますが、一般的なAIは基本的に逆問題に対応していません。そのため、素材開発特有の課題に対応するためには、逆問題に対応できるように解析技術を向上させることが不可欠です。
具体的には、複数の大学や研究機関との外部連携による技術の向上や、企業における全社的なデータ解析技術教育の実施による基礎知識の底上げが考えられます。また、技術の発展には戦略的な投資が不可欠であることから、解析技術領域への重点投資も対策のひとつです。
データ解析にあたっては、データマイニングやベイズ推論、深層学習、自然言語処理、パターン認識といった関連研究分野の学習も重要となります。こうした研究を推し進めることで、データ解析技術の統合的発展も期待できるはずです。
MIの課題解決策はデータマネジメントプラットフォーム (DMP)
MIが抱える課題に対する有効な解決策のひとつが、データマネジメントプラットフォーム(DMP)の導入です。DMPとは、実験データや研究成果を効率的に保存・蓄積し、機械学習モデルの開発に活用できるような形で管理するためのソフトウェアプラットフォームです。DMPは、データベースと検索エンジンの組み合わせによって構成され、数値化されたデータだけでなく、論文や実験ノートなどの非構造化データも蓄積できます。ユーザーは必要に応じて、簡単にデータの検索・抽出が可能です。
DMPを導入することで、研究者は、保存された素材データをAIや機械学習に応用しやすくなるので、データの再利用性が高まり、研究開発を効率化できます。また、論文、特許文書、製品カタログなどの技術資料を一元管理することで、必要な情報へのアクセスや検索を迅速に行えるのも大きなメリットです活用できそうな材料を、AIで絞り込みやすくすることもできます。このようにDMPは、MIをはじめとするデータ駆動型の研究開発において、重要なデータ基盤となります。
まとめ
MIは素材開発の効率化において重要となる技術です。素材開発における日本の国際競争力に陰りが見える中、MIは開発プロセスを刷新する手段として注目が高まっています。しかし、MIを実装するには、データサイエンティストの不足、データの質と量の問題、解析技術の不足など数多くの課題があります。その点、データマネジメントプラットフォーム(DMP)の導入は、特にデータ基盤の構築という面でMIの成功に有効な手段です。
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