近年、生成AI(Generative AI)の技術は急速に進歩し、ビジネスへの活用が広がっています。生成AIは、画像、言語、音声などのデータをもとに自動的に新しいコンテンツや情報を生成する能力を持ち、既存のビジネスの代替、拡張、新規ビジネスの創出に向けた潜在能力を秘めています。しかし、生成AIの導入には、『人間』と比較した際に、いかに高い効果を発揮できるのか、能力的な限界がないのか、セキュリティの観点から安全に扱えるかなど、様々なことを考慮した戦略的なアプローチが求められます。本記事では生成AIの出口戦略に焦点を当て、既存ビジネスの代替により人の仕事を完全に取って代われるのか、人と共生して既存ビジネスをより高度化できるのか、新規ビジネスの創出を行い新しい人の仕事を生み出せるのか、生成AIが創る未来について具体的な視点から探っていきます。
著者プロフィール
伊藤忠テクノソリューションズ株式会社
新事業創出・DX推進グループ DXビジネス推進事業部 AIビジネス部
デシジョンインテリジェンス課 齋藤 大志
通信事業会社にて、お客様向けの通信システム開発、RPA、AI ・機械学習などデータ活用関連のプロジェクトを多数経験。
CTC中途入社後は、データ利活用を中心としたプロダクトやソリューション開発、お客様の分析業務全般を支援する業務を担当している。
既存ビジネスの代替:生成AIで完全代替できる業務とは?
完全代替の範囲と限界
生成AIは、翻訳業務や文章の作成、デザインの生成など、多くの業務において高いパフォーマンスを発揮しています。一部の業務ではすでに人間と同等以上の成果を上げており、完全な自動化が可能な領域も存在します。
例えば、「ライター」という職業があります。海外では一部のライターの仕事が「ChatGPT(AI)に仕事が奪われた」という事例が報告されています(※1) (※2)。あるライターは、10年以上の経歴を持ち、トップブランドとの仕事経験もあるベテランのフリーライターとして時給80ドルで活動していました。本人はAIが記事をかけても「優れたスキルをもっていればAIに仕事を奪われることはない」と考えていたそうですが、ChatGPTが出た際にクライアントから「AIの仕事があなたの仕事ほど良くないことは理解しているが、利益率を無視できない」と連絡を受け、契約を打ち切られたそうです。何週間もかけて取材し、構成を考えて、優れた表現をするライターの仕事を、AIはわずか30秒で作ってしまいます。確かにAIは、優れたスキルを持つライターの記事より高いクオリティが出せるとは限りませんが、時間やコストを考えるとライターに頼むメリットよりも、圧倒的な利益率を叩き出せます。これは翻訳業やコンサルタント、エンジニアでも同じことがいえるでしょう。では、コンサルタントやエンジニアは生成AIに仕事がとって変わられるのでしょうか?その答えは、なぜコンサルタントやエンジニアに仕事を頼むのかという理由を知ると導きだせるでしょう。
(※1)参照元:https://gigazine.net/news/20230411-lost-client-chatgpt/
(※2)参照元:https://news.yahoo.co.jp/byline/shinoharashuji/20230422-00346699
ヒューマンタッチの重要性
「コンサルタント」は、優れたスキルや知識を持つ人材が、経営やITなど様々な分野で高度な戦略を練り、業務の改革提案やサポートをする職業です。「エンジニア」も同様に、優れたスキルや知識を持つ人材が、複雑な技術的な問題を解決するための支援をします。しかし、近年の生成AIは、専門的な質問や戦略、果てはプログラムのコードの生成までできてしまいます。では、時間やコストを考えると「コンサルタント」や「エンジニア」に頼まず、自分たちで生成AIを使ってやる方が良いのでしょうか?これは使用者にもよりますが、非常にリスキーな判断です。「なぜ、コンサルタントに高いお金を出して頼むのか」、それは「信用と責任」を持っているからです(※3) (※4)。ある経営層の方に全く同じ質問をした際、「コンサルタントが言ったというと予算が下りやすいし、失敗をしても責任を分担できる」と教えていただきました。確かに生成AIが生成した戦略を適用したら、コンサルタントが考えた戦略より優れていて高い効果を発揮し、コストも抑えられたかもしれません。しかし、失敗した時はどうでしょうか?生成AIが出した結果なので、責任はAIにあるとなるでしょうか?責任を取るのは生成AIを使って戦略の意思決定をした『人』になるのではないでしょうか?エンジニアはより顕著です。生成AIで作ったシステムにバグがあり、お客様に影響がでたらどうでしょう?間違ったコードを生成したAIにバグ直してとするのでしょうか?これが、そのまま「コンサルタント」や「エンジニア」に頼んでいたら、その責任を負うのはその仕事を受け持った人たちが負います。すぐに修正案を出しますし、改善に取り掛かります。少なくとも依頼した人だけの責任にはならないでしょう。逆に「コンサルタント」や「エンジニア」に提案されたこと自体が「信用」になり、サービスの効果を高める場合もあります(企業ブランドにもよりますが)。
こういった理由から、まったく知識のない人が生成AIを使ってこれらの業務を完全代替するというのは非常に難しいでしょう。逆に、使う人が専門的な人間ならどうでしょうか?「コンサルタント」が生成AIを使って提案を作成し、自身の知識から課題点を修正性して改善案としてもっていく、「エンジニア」が生成AIを使ってコードを作成し、バグがないか、効率的に動くのかを判断し、複雑なシステム作成の助けとするなど、生成AIが作り出す結果を人間が判断し、自身が責任を持てる範囲で活用する。生成AIが生み出す結果に人間が「信用と責任」を持つ事で、生成AIが既存ビジネスの代替として使える範囲が広がるのではないでしょうか?生成AI がタスクの自動化や効率化を担当し、人間がより戦略的な活動に注力することで、最大の効果を得る事ができます。
(※3)参照元:https://www.liber.co.jp/kenzo/029/
(※4)参照元:https://mag.executive.itmedia.co.jp/executive/articles/1201/26/news012.html
人間と生成AIの共存
生成AIで業務を完全代替できる職業とできない職業について述べましたが、結論としては「職業」は関係ありません。生成AIの結果に対する「信用と責任」を持てる範囲のバランスで、完全代替できるかが決まります。既存業務を効率化し、生産性を向上させる一方で、人間の特性や役割を重視することも重要です。既存業務の代替という生成AIの出口戦略で、ビジネスを成功に導くには、生成AIと人間の組み合わせが必要不可欠です。
既存ビジネスの拡張・拡大:AI導入による機能や能力を駆使してタスクを高度化する戦略
生成AIの出口戦略の一つとして、既存ビジネスの拡張があります。前章では、従来の業務をそのまま生成AI に代替させることで、人間の仕事を減らし、効率よくすることに焦点を当てましたが、今回は、生成AIを駆使して既存業務を高度化し、競争力を強化することでビジネスを成功に導くための戦略を探っていきます。
導入ハードルが高かった業務の再検討
生成AIの活用により、従来は導入ハードルが高かった業務を再検討することができます。例えば、建築や製品設計などのデザイン分野で3Dモデルの導入はいかがでしょう。従来の3Dモデルの作成には、専門的なスキルや高度なソフトウェアの使用が必要でした。しかし、生成AI を活用することで、短時間で高品質な3Dモデルの生成が可能になります。独自の生成AIモデルを作るのは、まだまだハードルが高いですが、公開されているモデルに独自のデータやプロンプトを工夫することで、より安価にかつ高度なデザイン設計を行えるようになり、現在の業務を高度化できます。映画やアニメ制作、ゲーム開発などの分野では、キャラクターやナレーションの音声を制作するために声優を何人も雇う必要がありました。しかし、生成AIを活用することで、自然な音声を合成することができます。作画などでも生成AIを活用することで簡単な下書きやアニメーションも作成可能でしょう。今まで複数人の声優を使うためにスケジュールの調整が困難な事や、作画速度に合わせてナレーションを作るなどが必要だったものが、迅速かつ柔軟に作成可能になります。広告やデザイン業界では、美しい画像の作成やデザインが求められますが、毎回イラストレーターや専門家を使うにはコストがかかり、自分で類似の画像を探すにも多大な時間がかかっていました。生成AIを活用することで、自動で画像を生成することができ、これまではやりたくてもコストや時間がかかりすぎてできなかったことが、できるようになります。
こういった業務の高度化は、あるいは大企業やお金を持っている企業なら人を沢山雇い、専用のシステムを使うことでできていたかもしれません。しかし、生成AIが安価に使えることにより、高度化できる余地はあったが、検討できなかった業務などができるようになります。
組み合わせで発揮する能力
生成AIを既存のシステムの機能や能力と組み合わせることで、新たな成果を作り出す可能性があります。例えば、マーケティング業界では生成AIを使って顧客の嗜好やニーズを予測し、ターゲティング広告や個別のオファーを提供するような、パーソナライズされた顧客体験の提供が可能になります。これは従来のAIやデータ分析でも実施されていたかもしれませんが、文章などの非構造データから必要な情報を取得し考察の代行をするなど、既存システムと連携し、生成AI で一部機能を効率化することで、より高い効果を発揮する可能性があります。また、AIを活用したインタラクティブな顧客対話の実現も可能で、一部の処理は直接顧客へ反映できるなど、より高度なことが実現できるようになります。
ビジネスの質と競争力
生成AIの出口戦略として、既存業務の高度化を考えることは他の企業との業務の質の競争の上で非常に重要になるでしょう。逆に今まで高いコストをかけて高度化を進めていた企業は、検討速度を上げないと危険かもしれません。導入の余地がなかった企業が業務を高度化してきた場合、高い質を売りにしていた企業は競争力が弱くなります。早期の実績や経験を頼りに、生成AI 活用競争を優位に進めるには、蓄積された課題や有用性などを考慮し、早期の導入を推し進めることが重要になるでしょう。結論として、早期の生成AIの導入は企業にとって競争力を維持し、業務の質を高めるために不可欠な要素です。蓄積された課題や有用性を考慮し、導入を推し進めることで、効率性の向上、高度な分析と意思決定の補助、新たな価値の創出が可能となります。
新規ビジネスの創出:課題解決・改善に向けたアプローチで新たな市場を開拓する
生成AIは、既存のビジネスにおいて代替効果や拡張効果をもたらすだけでなく、新たなビジネスの創出にも大きな可能性を秘めています。ここでは、生成AIの出口戦略の一環として、課題解決や業務の改善に向けたアプローチを通じて新たな市場を開拓する方法について掘り下げていきます。
専門領域の高度化
生成AIは、言語理解における重要な要素である「言語(文脈を考慮した意味)の数値化」によって、驚異的な進化を遂げています。この技術の進歩により、生成AIは言葉の背後にある意味を捉え、画像や音声の生成においても類似の概念を理解し、再現することができます。新たなビジネスの創出においては、生成AIの新たな機能や根本的な技術の拡張性に注目し、社会課題やマーケットのトレンドと結び付けることが重要です。
言葉の背後にある意味を捉える能力があると、検索や要約などにおいても意味のある表現が可能となります。さらに、文章以外の領域でも、画像や音楽などの「表現」に関連付けながらタスクを処理することができます。生成AIを用いた専門領域の検索では、キーワードだけでなく内容の潜在トピックを考慮し、より高精度な情報検索が実現されます。例えば、医療分野では専門ChatGPTを活用することで、医療情報の高度な検索が可能となります。これらの技術は、近年のマイナンバーと健康保険の紐づけなどで活躍できると予想されます。
同様の技術を応用すると、他の分野やタスクでも活用の幅が広がります。生成AIを活用して特定の専門分野に特化した学習を行うことで、類似性の細分化が可能となります。これにより、専門家や研究者は、より的確な情報や洞察を得ることができます。例えば、建築領域においては、生成AIを用いて設計書、音楽領域では楽譜の制作代行を行い、専門知識を持つ人々の作業効率を向上させることができます。これは専門分野において、類似性が細分化されることで、汎用的な意味よりも専門的な意味を優先し意味を抽出することで可能なことです。
生成AIの進化は、専門領域の高度化に大いなる可能性をもたらしています。専門領域における高度化を検討する上では、独自のデータの取り扱いや生成AIの特性とデータの特性を考慮し、課題解決や新たなアプローチを行うことが重要です。これには生成AIの特性を理解している専門家と生成AIを活用する専門家、さらにビジネス展開を行う営業など、様々な役割を果たす人々が関与する大規模な出口戦略が必要です。また、新たなビジネスの創出においては、企業独自の課題に着目しつつ、汎用的かつ参入のハードルが低い領域を見つけることも重要です。
クリエイティブコンテンツの自動生成
生成AIの結果を直接ビジネスに活用するような領域は、大規模なシステムを作るよりも汎用的かつ参入のハードルが低い領域です。その中でも一般的に生成AIの活用としてよく見かけるのがクリエイティブコンテンツの生成です。従来、クリエイティブなコンテンツの制作には多大な時間と労力が必要でしたが、生成AIの導入により、効率的かつ短時間で高品質なコンテンツを自動的に生成することが可能となりました。例えば、生成AIを活用することで、イメージ共有から画像や音楽への変換が可能となります。ユーザーがイメージやアイディアをテキストやスケッチで共有すると、生成AIはそれを解釈し、自動的に画像や音楽に変換することができます。これにより、創造的なプロジェクトやクリエイティブなコンテンツ制作において、新たな表現の可能性が広がります。最近の事例では、広告やパッケージデザインに画像生成やプロモーションの動画を生成AIで作ったものがあります。単純に理想の画像を作るというものもありますが、面白いものだとQRコードと合成して、QRコードとして読める画像のデザインやプロモーション動画をアニメーションとして変換して作り直したりしたものなど、生成AIが出てきたことでできるようになった新たな表現を利用したものもあります。
また、仮想キャラクターやバーチャルインフルエンサーの生成も、生成AIの一つの応用です。仮想キャラクターやバーチャルインフルエンサーは、デジタル空間で活躍し、商品プロモーションやエンターテインメント領域に新たな魅力をもたらします。生成AIを用いることで、個性豊かで人間に近い特徴を持つ仮想キャラクターやバーチャルインフルエンサーを自動的に生成することができます。近年、VRやAR(メタバース)など、新規技術を利用した新たな市場として注目されている領域がありますが、専門技術や環境の必要性で参入ハードルが高く、まだまだ参入できてない領域になります。こういった領域に生成AIを利用する事で、新しい業務や市場における革新的なアプローチを提供し、新たなビジネスの創出につながります。生成AIの能力を最大限に活かし、クリエイティブな領域での競争力を強化するためには、技術の進化に迅速に対応し、創造性と効率性を両立させることが重要です。
新たなビジネスを創出するために
専門領域の高度化やクリエイティブコンテンツの生成を例に、生成AIにおける新規ビジネスの創出について掘り下げましたが、成功するためには技術の進化に迅速に対応し、創造性と効率性を両立させることが重要です。また、企業独自の課題に着目しながら汎用的かつ参入のハードルが低い領域を見つけるのか、大規模な出口戦略を展開することでビジネスの競争力を強化するのか、参入方法の検討は生成AIのビジネス競争において非常に重要な戦略です。新たなビジネスを創出するためには、生成AIを戦略的かつ継続的に活用し、社会課題やマーケットのニーズに対応する柔軟性を持つことが不可欠です。生成AIの出口戦略を適切に導入し、ビジネスの質と競争力を向上させることで、持続的な成長と成功を実現することができます。
まとめ
この記事では、様々な視点から生成AIの出口戦略について、言及しました。生成AIをビジネスに活用するには生成AIが人間の代替ができる範囲と限界を知る必要があります。自分が生成AIを利用する際に「責任」を負える範囲がどこまでか、どこまで「信用」できるかを考えた上で、生成AIの出口戦略を通じて、ビジネス展開に戦略的に取り組むことが重要です。成功のポイントは、生成AIの能力を最大限に活かすことです。言語理解や意味の抽出能力を活用し、画像や音声においても類似の概念を理解し再現することができます。専門領域の高度化にも注目し、専門知識や洞察を提供することで競争力を強化しましょう。
また、生成AIは人間との比較において高い効果を発揮し、多くの人間の限界能力を克服可能です。セキュリティ面でも適切な管理と監視を行うことで、生成AIを安全に扱うことができます。
ビジネス化への展開においては、生成AIのポテンシャルを最大限に引き出し、戦略的なアプローチを追求することが成功の鍵です。ビジネスの成長と競争力の向上を目指し、生成AIの出口戦略を適切に展開しましょう。
- カテゴリ:
- デジタルビジネス全般