デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進にあたって、企業は新しい手段・発想によるビジネスモデル・サービスデザインの構築を迫られています。
この記事では、DX推進に向けた柔軟な発想を実現する思考法の一つとして、デザイン思考(デザインシンキング)の概要・プロセス・メリットなどをご紹介します。
企業はDXなどの変革が求められている
デジタル技術の進化に伴い、あらゆる業種において新製品やサービス、ビジネスモデルが続々と登場している昨今、グローバルな視点から見ると、日本企業が国際競争力を維持・強化するためには、これまでと同じやり方を行うことだけでは時代遅れと言わざるを得ません。
過去の技術・仕組みで構築された、いわゆる「レガシーシステム」を運用しているだけでは、少子高齢化が進む中でかつての競争力を維持するのが難しいからです。
メイド・イン・ジャパンが世界を席巻していたのは過去の話で、機能・性能に優れたモノというだけでは、お客様の反応は鈍いままです。
DXに取り組むことによって、既存の考え方から脱却した新しい製品・サービス・ビジネスモデルを生み出すことに、企業の生き残りがかかっていると言っても過言ではありません。
企業変革で役立つ「デザイン思考」とは
DX推進にあたっては、それまでの価値基準を転換し、企業変革を実現する必要があります。その際に役立つ考え方がデザイン思考です。
デザイン思考とは、商品のデザインそのもの(外観形状など)ではなく、デザイン設計時に用いられる考え方、デザイナー・クリエイターの思考プロセスを、ビジネスの課題解決にアレンジして活用することです。
デザイン思考は、ユーザーの趣味・志向やライフスタイルなどの変化を捉えた商品開発を行う上で重要です。
この考え方は経営の分野でも重視されており、特許庁・経済産業省が2018年に発表した「デザイン経営」宣言の中心にも据えられています。
ちなみに、デザイン経営とは、ブランド力・イノベーション力向上の観点から、企業競争力の向上を目指す経営手法のことです。
お客様と企業とのあらゆる接点に自社のメッセージを一貫して伝えたり、お客様の潜在的ニーズを製品・サービス開発に活かしたりすることで、競争力の強化を促すねらいがあります。
デザイン思考の特徴
デザイン思考がビジネスに応用できる理由は、市場構造の変化に対応しやすいからです。
具体的には、以下のようなスタンスでアプローチできる特徴があります。
- お客様の「共感」や「満足」にフォーカスして問題解決を実現する
- 課題を一度とらえ直して真の問題を探す
昨今の世界情勢は不確実性にあふれていて、産業構造自体も変化している状況です。
そのような中、人や地域によって異なるニーズを満たすためには、問題とその解決意図を明確にした上で、何度も試行錯誤して結果につなげる必要があります。
もっとも重要な要素である「お客様に対する共感・理解」を前提として、課題を見つけたらプロトタイプを用意して実験します。そのサイクルを繰り返すことで、商品・サービスの完成度を高めていく際に役立つのが、デザイン思考なのです。
「アート思考」との違い
デザイン思考に似た言葉の一つとして「アート思考」が挙げられます。
一見すると、デザイン思考と同じように思えますが、思考の基盤となる部分が根本的に異なります。
アート思考とは、クライアント・ユーザーのニーズから離れ、自分自身の自由な発想に基づいてアイデアを創出する思考のことです。
例えば、無から有を生み出さなければならない場面、誰も見たことがない斬新なビジネスモデル・サービスデザインを実現したい場合は、時に非現実的な発想も求められるでしょう。そのような場合は、アート思考が役に立つ場合があります。
これに対してデザイン思考は、あくまでもお客様ありきで、そのニーズを基盤とするアイデアを出していくためのものです。
既に社会にあるものを、より良いものに作り替える・組み替える場合に、デザイン思考が役立ちます。
このように、アート思考とデザイン思考は異なるものであり、目的に合わせて使い分けるのが理想です。
デザイン思考は5つのプロセスに分かれる
思考法とは、一定のプロセスに基づいて情報や知識を知恵に変換するための方法論です。
スタンフォード大学の研究機関「ハッソ・プラットナー・デザイン研究所」によると、実際に思考をスタートさせる際は、以下にお伝えする5つのプロセスを経て思考する必要があるとされています。
1.共感(Empathize)
デザイン思考は、お客様の思考を理解して、ニーズがどこにあるのかを探るのがスタートです。
これは、お客様の共感を得るためのプロセスとも言えます。
具体的な手法としては、インタビューで生の声を集めたり、生活の中でお客様の動向を観察したりすることなどが該当します。
商品・サービスに対してお客様がどんなことを望んでいるのか想像し、お客様さえも意識していない「本音」の部分に迫ります。
この段階での注意点として、聞き取ったお客様の意見をそのまま受け取らないことが大事です。
お客様が話してくれた言葉そのものではなく、なぜその言葉を発したのか・どんな気持ちで発したのかについて考察し、お客様が本当に望んでいることを深掘りします。
2.定義(Define)
共感のプロセスの次に必要なことは、お客様の潜在的ニーズを深掘りして、何が本当のニーズなのかを定義することです。
具体的には、以下の例のように、お客様が発した言葉の裏側にあるニーズを言語化していく作業です。
- 「スポーツジムに通いたい」という言葉の裏側には「モテたい」というニーズがあるかもしれない
- 「JavaScriptを勉強したい」という言葉の裏側には「フリーランスとして働けるようになりたい/副業を始めたい」というニーズがあるかもしれない
より深く掘り下げて考えれば考えるほど、お客様の想いに近づくことができるでしょう。
何が本当のニーズなのかを正しく定義することで、これから何を目指すべきなのかも分かりやすくなります。
3.概念化(Ideate)
お客様の本当のニーズを定義できたら、次は解決策として具体的なアイデアを出していきます。
グループ内で意見を出し合いながら、新しいアイデアを生み出していくプロセスが、概念化です。
この段階では、質の高いアイデアを出すことは求められておらず、とにかくたくさんアイデアを出すことが重要です。出てきたアイデアは分類して、最終的に1つの形にまとめていきます。
アプローチの一例として、例えば「モテたい」というニーズを満たすのであれば、
- 男女問わず、ジムで減量に成功した人同士の限定婚活パーティーを開催する
- ボディメイクで成功したら、マッチングアプリにインタビュー記事を掲載できる
などのアイデアを出して、サービスをどんどん具体化していきます。
4.試作 (Prototype)
ある程度アイデアがまとまってきたら、チーム内で支持が得られたアイデアで試作品を作ります。ここでは、アイデアの段階では見えなかった課題点を浮き彫りにすることが目的です。そのために、まずは低品質なものでよいので、プロトタイプを完成させる・稼働させることに集中します。
5.テスト (Test)
プロトタイプが出来上がったら、いよいよ市場にリリースして検証をスタートさせます。
定義したお客様のニーズが的を射ていたか、概念化・試作の方向性は間違っていなかったかを検証し、さらにお客様を深く知るためにフィードバックをもらって改善を図ります。
フィードバックされた意見を参考にして、再度デザイン思考のサイクルを回しながら、より良い製品・サービスを目指して開発を進めていきます。
共感からテストまでのプロセスは必ずしも順番通りである必要はなく、いずれかのプロセスを同時進行したり、行ったり来たり、繰り返したりして問題解決に向けたアプローチをとるのも有効です。
デザイン思考を利用するメリット
デザイン思考をビジネスに応用すると、商品開発の観点だけでなく、組織の活性化という点でもメリットがあります。以下に、デザイン思考を利用する4つのメリットを解説します。
ユーザーニーズに合った商品を開発できる
デザイン思考の中でフォーカスするのは、お客様のニーズです。
自社の技術や商品の性能にフォーカスするかどうかは、お客様のニーズ次第となるため、商品・サービスによっては既存の技術の応用だけで大ヒット商品を作ることも不可能ではありません。
一度デザイン思考で良い結果を出すと、売れやすい・評価されやすい商品を生み出すノウハウが組織に蓄積されます。開発の現場でデザイン思考を取り入れることで、コンスタントにヒット商品を生み出せる組織作りができれば、それは将来の財産になるでしょう。
市場競争力が高まる
市場競争力の強化という点においても、デザイン思考は有用です。
British Design Council(英国デザイン協議会)によると、「デザインへの投資」を行う企業は利益が4倍になるという試算もあります。
国内で行われた調査でも、経営にデザイン思考を導入した企業の70%以上が、導入後に「売上・利益率が増加した」と回答しています。
デザイン思考によって新しいビジネスモデル・サービスデザインが実現した結果、売上の増加につながったものと推察されます。
引用元:designcouncil「Design delivers for business」
引用元:株式会社ビビビット「「デザイン経営」「デザイン思考」に対する企業の意識調査を実施」
思考力の向上とアイデア提案の活性化が見込める
デザイン思考を実践する中で、一人ひとりが「考える力」を高めることができます。
お客様の本音を引き出す質問力や、問題点を浮き彫りにして解決までのルートを導く思考力など、デザイン思考の中で考える力がバランスよく鍛えられていきます。
質問力が強化されるのは、お客様の潜在ニーズを徹底的に観察・リサーチすることが、デザイン思考のプロセスに含まれているからです。
また、現実的な制約にとらわれずアイデアを提案する習慣がつくことによって、従業員が何かを提案することが習慣化しやすくなることもメリットに含まれます。
コミュニケーションが活発になる
デザイン思考はチームとして行う場合が多いですが、、たくさんのアイデアを出す過程でメンバー同士の意見交換が活発に行われます。必然的に、メンバー間のコミュニケーションが密になり、チームとしての一体感も強まります。
複数のアイデアが共有化されていくと、次第に「このプロジェクトでなら自分のアイデアが受け入れられる」という雰囲気が生まれ、従業員の士気を高めることにつながります。
やがては風通しの良い組織づくりに役立ち、従業員の能力向上にもつながるでしょう。
デザイン思考を利用する際の注意点
デザイン思考のメリットを理解すると、どんな難題も解決できそうに思えてくるかもしれません。
しかし、実践にあたって以下の点に注意しなければ、思ったような結果に結びつかないおそれもあります。
常識に囚われない
多くの人は、それぞれの生活環境・組織で培われた常識に囚われてしまうことが多いものです。それは思考においても同様です。デザイン思考を実践するためには、自分だけの視点や価値観だけでなく、別の視点に目を向ける必要があります。
過去の成功体験や、常識的な発想に囚われていては、どれだけデザイン思考を駆使してもプロセスを最後まで進められずに終わるでしょう。
対策としては、デザイン思考を取り入れたワークショップやイベントを開催するなど、プロジェクト対象者向けにデザイン思考のノウハウを提供することとともに、デザイン思考を実践する際に外部のメンバーを入れるなど自分たちの常識にとらわれない、あるいは気づかせてくれる存在をいかにとりいれるかが有効です。
結果を重視しすぎない
新しい挑戦は、多くの場合、何らかの結果を得るために行われるものです。
デザイン思考もまた例外ではありませんが、あまりに結果を重視してしまうと、プロセスがおざなりになってしまい、よくあるアウトプットに終始してしまうおそれがあります。
あくまでも、デザイン思考の中で重要な要素はプロセスにあり、その主軸はお客様のニーズです。
また、結果を重視しすぎたコミュニケーション・ディスカッションにならないよう注意しましょう。
社内浸透には理解と実体験が重要
自社でデザイン思考を実践したことがない場合、この思考法は新しいアプローチとしてやや難しい傾向にあります。そのため、社内に思ったような形で浸透せず、ビジネスモデル・サービスデザインの構築が中途半端に終わってしまうことも考えられます。
社内に浸透させるには、デザイン思考を導入する重要性について理解してもらい、共感と実体験によって効果を実感してもらうことが大切です。
また、経営戦略にデザイン思考を組み込んで成功させるためには、経営陣・上層部がデザイン思考を深いレベルで理解する必要があります。
具体的には、経営チームにデザイン責任者を加え、事業戦略構築の最上流段階からデザイン思考を組み込み、社内にくまなく浸透するよう、体制を整えることが求められてきます。
デザイン思考が用いられるケース
実際にデザイン思考を自社で活用しようと考えた場合、具体的にどんなことができるのか、事例を知っておくとイメージが湧きやすくなります。以下に、デザイン思考の理解を助ける具体例をいくつかご紹介します。
商品開発
商品開発の分野でデザイン思考の好例と言えるものに、Apple社のiPod、P&Gの家電ブランド「ブラウン」の電動歯ブラシ、任天堂社のWiiなどがあげられます。
iPod開発のプロセスは、競合他社の製品を分析するほか、ユーザーの音楽の聴き方について観察を重ねることからスタートしています。
ユーザーがCD→PC→プレーヤーの順に音楽データを移動させている点に着目し、「その場で選んだ音楽をすぐ聴ける」潜在ニーズを満たすためのデジタルミュージックプレーヤーを発表した結果、大人気となりました。
P&Gは、電動歯ブラシを利用しているユーザーを観察した結果、「充電器の使いにくさ」や「替えブラシの購入忘れ」などの潜在ニーズを掘り起こしました。
その結果、様々な場所で充電できるUSB充電機能、アプリによるリマインド機能が開発され、ユーザーの不満を解消しています。
Wiiの開発にあたり、任天堂社で戦略として掲げていたのは「ゲーム人口の拡大」でした。
そこから社員の家庭を観察した結果、「ゲーム脳」という言葉が生まれ家庭の中でのゲーム離れ現象が進行していること、鍋を囲む家族は親密度が高いことなどが分かり、やがて「家族みんながリビングで遊べるゲーム機」というコンセプトが生まれます。
プロトタイピングを重ね、リモコンのようなコントローラー・低消費電力CPUといった機能を備えて「家族全員毎日触ることが当たり前のゲーム機」が誕生しました。
サービス改善
サービス分野でも、デザイン思考が改善を助けるケースは数多く存在します。
お客様の行動分析に力を入れている企業の一つにLINE社があります。ゲーム・新サービス開発の際は、複数のカメラを使ってお客様のリサーチを行うなどして、操作画面・表情を観察しサービス改善に役立てています。
デザイン思考の全社展開を進める大手企業としては、Yahoo! JAPANも当てはまります。
社員向けのワークショップ・セミナーを開催するなどして、組織的に「ユーザーファースト」による問題解決の考え方を取り入れようとしている点が特徴的です。
他に優秀なサービスデザインを実現している企業としては、エムスクエア・ラボ社の共同配送システム「やさいバス」が挙げられます。
EC・SNS・物流という3つの仕組みを連動させ、生産者の物流コスト削減に加えて、消費者が欲しい野菜を注文できる新しい流通システムを生み出しています。
自社トラックによる共同配送を行うことで、ネットで野菜を注文すると2日で最寄りのバス停に届きます。各戸への配送という常識と思われていたことを変えていることが、秀逸なサービスデザインを生んだと言えます。
デザイン思考を実践する際に役立つ3つのフレームワーク
考えるべきポイントをある程度パターン化できるフレームワークは、デザイン思考の実践にも重宝します。以下にご紹介する3つのフレームワークは、特にデザイン思考と相性が良いため、活用をおすすめします。
共感マップ(エンパシーマップ)
共感マップはエンパシーマップとも呼ばれ、お客様が考えていることや培ってきた価値観について、深いレベルで分析するためのフレームワークです。
以下のような問いを使って、お客様が普段考えていること・感じていることを可視化して、ユーザー層(ペルソナ)を構築していきます。
- 見ているもの(SEE)
- 聞いていること(HEAR)
- 感じていることや考えていること(THINK and FEEL)
- 言っていることや行動していること(SAY and DO)
- 傷みやストレスだと感じていること(PAIN)
- 欲しいと思っているものや得られるもの(GAIN)
ビジネスモデルキャンバス
ビジネスモデルキャンバスは、以下の9つの要素をもとに、ビジネスモデルを分析するためのフレームワークです。
- 顧客セグメント
- 価値提案
- チャネル
- 顧客との関係
- 収益の流れ
- リソース
- 主要活動
- パートナー
- コスト構造
複数の要素を、フレームワークを使って見渡すことで、ビジネスモデルの強みやリソースの充実度・弱点などが見えてきます。
新しいビジネスを立ち上げる際に、現状を踏まえつつプランをブラッシュアップするのに役立ちます。
事業環境マップ
事業環境マップは、企業の外部環境を以下の4つの視点に分けて、分析するためのフレームワークです。
- 市場
- 業界
- トレンド
- マクロ経済
それぞれの視点は、より細かく掘り下げて分析でき、時代の流れに沿ったビジネスモデルの再定義に役立ちます。
また、SWOT分析も合わせて行うと、よりアウトプットの精度を高めることにつながります。
SWOT分析は有名なフレームワークですが、参考までに4つの要素をお伝えします。
- Strength(強み)
- Weakness(弱み)
- Opportunity(機会)
- Threat(脅威)
2種類の分析を組み合わせることで、外部環境と自社のリソースを把握しつつ、理想的なビジネスモデルの構築に向けたアウトプットがスムーズになります。新しいビジネスだけでなく、現在の主要な事業を強化するのにも役立ちます。
まとめ
デザイン思考は価値基準の転換から生まれ、ユーザーの共感と満足を重視した問題解決の思考法です。DX推進のように、現状を根本的な部分から改善する必要がある場合にも有効な手段ではありますが、デザイン思考に対する十分な理解がないまま進めてしまうと、思ったような結果につながらないおそれもあります。DX推進のような取り組みが、これからますます広まる中で、有効な思考法のひとつとして、デザイン思考について正しく理解し、活用の是非をご検討されてみてはいかがでしょうか?
- カテゴリ:
- デジタルビジネス全般