アカウントベースドマーケティング(ABM:Account-Based Marketing)とは、特定の「アカウント=企業」をターゲットに戦略的アプローチをするためのBtoBビジネスにおけるマーケティングの手法であり、近年特に注目されています。今回は、その注目の背景や実際に進める場合のステップ、留意点についてまとめます。
注目の背景
アカウントごとに担当者または部署がついて顧客との関係を深めつつ営業活動を行う、いわゆる「アカウント営業」は以前から広く行われている手法です。しかし、より注目されるようになっているのは、ターゲティングした特定のアカウントにリソースを集中して、効果的・効率的に行われる「マーケティング活動」です。
その背景には、いくつかの要因があります。
1つめは、BtoBビジネスにおいてマーケティングという活動自体の重要性が増したことが挙げられます。
これまでBtoBビジネスのマーケティングでは、リード(見込み顧客)を捕まえるため展示会に出展したり、広告を出稿したりするなど、ターゲットをあまり絞り込まないマス・マーケティングが主流でした(LBM:Lead-Based Marketing)。しかし、LBMで集めたリード情報の「確度=質」は必ずしも高くなく、マーケティング担当が取ってきたリードを営業担当が受け取らなかったり、営業担当に渡してもフォローを十分しなかったりして、結果的に売り上げにつながらないという問題が起きていました。そこで、マーケティング活動において、より質の高いリードを獲得し、効率化を図ることが求められています。
一方、顧客側の購買プロセスもマーケティングの重要性に変化を及ぼしています。顧客が何かを購買するにあたって自らWebサイトなどを見て情報収集し、売り手の営業担当と会うまでには意思決定のプロセスがかなり進んでいる、ということがごく普通のこととなりました。そこで、営業担当と顧客が直接接点を持つ前に、マーケティング活動を通じていかに信頼性が高く充実した情報を顧客に提供して、個々の顧客との関係作りを行うかが重要となります。
2つめが、マーケティングにおけるデジタル化の進展です。
BtoC 、BtoBビジネスを問わず、顧客の購買活動におけるデジタルチャネルの比重が上がりました。Webサイトやメールの利用など、マーケティングのデジタル活用が主流になったことで、顧客を特定し、その行動や属性をデータとして収集・蓄積し、分析できるようになりました。そしてそのデータ分析結果を活用して、マスではない、よりターゲットを絞ったマーケティング施策を実行できるようになったのです。
以上のようなことからマーケティング活動が重視され、より効率的で質の高い効果的な手法としてABMが注目を集めようになりました。
実現のステップ
では、このABMを行うにはどうするのか、実現のステップを述べます。
1.アカウントの選定
「アカウントベースド」の文字通り、まずはターゲットとするアカウント(企業)を選定します。選定において様々な観点が考えられますが、業種業態や規模といった企業の属性や、企業全体としての行動(個々人の行動の集合)、これまでの取引状況といったものが挙げられます。たとえば、業界のトップTier企業、「品質に厳しい」や「先進的」など社会的評価が高く導入実績として公表した場合に自社製品・サービスの価値向上に寄与する企業、自社のWebサイトに多く来訪がある企業、取引額の点で大口といえる企業や今後大口となるポテンシャルがある企業、などといったものです。
2.アカウントプランの策定
有価証券報告書や中期経営計画などの公開情報、これまでの顧客と自社のコミュニケーションの履歴から、顧客のビジネス環境や抱える課題を明らかにし、「自社の製品・サービス=ソリューション」でどのように課題解決に寄与するのか仮説を立てます。これを「アカウントプラン」とします。
3.キーパーソンの特定とアプローチ
顧客企業内の組織体制、購買・調達の意思決定をするキーマンを探します。すでに自社との接点があるのか、無いのであればどういった経路でキーマンと接触し、関係を深めるのかアプローチの方策をまとめます。
4. アクションプランの策定と実行
アカウントプランをもとに具体的なマーケティング施策のアクションプランに落とし、キーパーソンに向けて実施します。
5. 効果測定と計画への反映
マーケティング施策の実施後、効果測定を行います。その結果をもとにアカウントプランやアクションプランを見直し、PDCAのサイクルを回します。
ABMの効果的・効率的な進め方
キーパーソンの特定や、特定したキーパーソンとの関係構築・維持においては、相手の企業・個人の属性情報や行動履歴、自社とのコミュニケーションの履歴を適切に管理し、適時参照して活かせるようにしておくことが求められます。そのためには、マーケティング担当や営業担当など社内の関係者が継続的かつ横断的に情報・データを収集(記録)~蓄積~活用できる仕組みがあることが重要なポイントです。
代表的なものでは、顧客管理システム(CRM:Customer Relationship Management)がこの仕組みに該当します。CRMは、主にマーケティングや営業、カスタマーサポートの担当がそれぞれ顧客と行ったコミュニケーションの内容を記録、蓄積し、対応を管理・改善するために使用され、顧客が自社の担当者に連絡した日時や手段、電話や面談での発言、質問といった対話の詳細な内容が取り扱われます。
他の仕組みとして、カスタマーデータプラットフォーム(CDP:Customer Data Platform)があります。CRMが主にマーケティングや営業担当と顧客のオフラインのコミュニケーションを取り扱うのに対して、CDPが取り扱うのは、CRMに含まれる情報に加え、広告のクリック履歴や自社Webサイトのアクセス履歴、アプリ内の行動など、リアルかデジタルかを問わず、また自社とまだ直接的なコミュニケーションがない見込み顧客も含めてあらゆる顧客接点から集められたデータとなります。BtoBビジネスにおいてもWebサイトやWeb広告といったデジタルチャネル活用の重要性が高まる中で、マーケティング活動における、より良い顧客理解のために今後さらに必要性が高まると考えられます。CDPに収集、蓄積された企業・個人との接触履歴全体のデータは、ABMにおいてより戦略的にアカウントやキーパーソンを選定するために有効といえます。自社の担当者との直接的なコミュニケーションがない見込み顧客も含めて、データに基づく明確な指標を裏付けとしてターゲットのアカウント、キーパーソンを選ぶことができるからです。
また、CRMやCDPにデータがあっても、そこから適時適切にターゲット顧客を選んでマーケティングのアクションプランに沿って施策を打っていくのに、人力だけに頼っていては効率的とは言えません。そこで役立つのがマーケティングオートメーション(MA)ツールです。ターゲット顧客の現在の購買意欲を見極め、たとえばメールの適切なコンテンツをタイミングに合わせて発信したり、Webサイトのランディングページを作成したりするなど、相手の興味や関心を引きつけるための支援をすることが期待できます。特に、昨今の生成AIの技術的進歩、活用の拡がりは、MAツールとの融合が進むことで顧客の属性や行動履歴、アクションのタイミングにあった文章や画像といったコンテンツを自動で生成するなど、より効果的・効率的なマーケティング活動の実現につながる可能性があります。
留意点
ここまで紹介してきたABMについて、実施するうえでの留意点がいくつかあります。
1. 商材の特性
ABMは、意思決定のプロセスが多段に及び購買プロセスが長い、顧客との関係作りが購買に大きな影響を与える商品・サービスに向いているといえます。特定のアカウントを選別してアプローチを行うということは、それ以外のアカウントへのアプローチは減るため、選別したアカウントからは一定の商品・サービス単価、1アカウントあたりのLTV(顧客生涯価値)が期待できることが求められます。たとえば、クロスセルやアップセル、継続的なビジネスにつなげられる多様な商品・サービスを持っていることが重要です。これとは逆に、価格勝負のコモディティ化が進んだ商品・サービスや買い切り方の商品・サービスには向きません。商品・サービス単価、LTVが安い(低い)場合、投資対効果の観点でとれるマーケティング施策が限定されてしまうためです。
2. 顧客の特性
ABMは、何百、何千という見込み顧客が自社の商材のターゲットとなる市場に存在し、なかでも「価値の高い」顧客に絞る必要がある場合に向いています。アカウントのキーパーソンへのアクセスのし易さや既存の取引関係だけでなく、中長期の展望でなるべく高いLTV(顧客生涯価値)が見込めるアカウントに対して、優先してパーソナライズされたキャンペーンを実施することに時間と労力を集中的に費やします。
3. 企業としての実施
何より必要となるのが、マーケティング部門と営業部門が同じ方向を向いてビジネスを行うことです。従来のマーケティングにおいてもそうですが、特にターゲットを絞り込むABMを採用する場合、より重要となります。そのためには組織・企業として方針の一致が必要で、経営レベルで意思決定を行い取り組むことができないと、足並みが揃わず、マーケティングと営業の活動双方が不十分なものとなってしまうのです。
終わりに
ABMでのマーケティングはBtoBビジネスを行う企業にとって今後も非常に効果的な手法です。一方で、全ての企業にとって最適な手法ではないということを理解しておくことも大切です。これらの点を考慮に入れて、ABMの採用を検討することが求められます。
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