本レポートは、伊藤忠テクノソリューションズ株式会社(以下、CTC)が、2024年2月に開催した「DXラウンドテーブル」での特別講演をまとめたものです。
【特別講演】 生成AIが経営に与えるインパクト
日本マイクロソフト株式会社
業務執行役員・エバンジェリスト
西脇 資哲 氏
“Chat GPT”の登場インパクト
AI自身の歴史は古く、1956年から始まります。1956年のダボス会議(※世界経済フォーラム)で生成AIというキーワードは登場しているのですが、それはコンピューターサイエンス分野の一つでした。学問の一つとして生まれた生成AIの立場は60年以上変わらず、2022年11月に一般に登場した「生成AI」によってようやく状況が変わりました。
AI自体の進化は特に画像識別技術が進みました。例えば不良品のチェック、人が何人いるかの確認、自動車のナンバーを判別する、などは当たり前にできるようになっています。音声認識の分野では翻訳技術が進んでいます。マイクロソフトでは海外とのコミュニケーションもリアルタイムの会議も日本語です。私の日本語は相手に英語で聞こえる。英語が使えないというハンディキャップは隠せるようになってきました。
数十年にわたって構築されたAIの「見分ける力」と「特徴を見出せる力」、こういった素晴らしい力が実際に少しずつ役に立つようになっています。学術研究分野の一つだった生成AIがこれまでと一番大きく違うのは「民主化、一般化、大衆化」したということです。
現代ではChatGPTやマイクロソフトのCopilot などの生成AIのアプリを使って誰もがアイデアを形にすることができます。お店のPOP、チラシのコピー、などあらゆるところで生成AIが使われだしています。この生成AIのブームそのものが、一般化した証拠だといえます。
企業側にとって一般化しているツールを利用しないことは「とても遅れている会社だな」と思われる可能性があります。例えば、スマートフォンもほんの十数年前までは誰もが使うものではありませんでした。生成AIもそれと同じなのです。テクノロジーそのものよりも、誰もが使えるように一般化させたことが、大きなインパクトだと思っています。
生成AIによってできるようになったことは「指示された内容から文章を作成する」こと、「コンテンツ(テキスト、プログラム、画像、音声、動画)を作成する」こと、「データを処理する」ことです。つまり適切な指示をすれば物事は達成できるようになりました。
このムーブメントを生み出したのが、OpenAIが開発したChatGPTです。ChatGPTのすごいところはリリース当初から日本語が使えたことです。それ以外にも、中国語、フランス語、イタリア語、ドイツ語など50以上の言語に対応していました。最初に利用率がぐんと上がったのはもちろんアメリカなのですが、日本とフランスも上がっています。こんなことは今までのIT業界ではありませんでした。とんでもないブームを短期間で起こし、世界中を魅了したのがChatGPTです。
今までは文書を作成するためには、情報を検索して文章を作成し、校正してから体裁を整える、という工程が必要でした。このやり方では個人の能力や生産性に差が生まれます。ところが、これらの業務は生成AIを活用することによって指示をするだけになります。
例えば、生成した文章を外国語に翻訳する作業があったとします。これまでは適切なスキルを持つ翻訳者に依頼しなければなりませんでした。ところが、生成AIの活用によって誰もがその目的を達成することができるようになります。つまり、このやり方であれば、能力に差が生まれにくいのです。これを経営者目線で解説したのが次の図です。
Aさん:文書作成ができる、プログラミングもできる、しかも中国語もできる
Bさん:デザインセンスがある、プログラミングもできる
Cさん:文書作成ができる、プログラミングができる
Dさん:文書作成ができる、品質管理能力がある
当然ながら全従業員が全ての能力を持つことはできません。ところが、生成AIを使うと、それらの能力を埋めることができます。誰もが中国語ができて、文書作成ができて、デザインもできるようになります。
経営者はこの右側の人材が欲しいと考えています。
スキルの均一化が実現できるなら、もっと企業全体で生産性の向上が期待できるのではないか、もっと競争力を高めるアイデアが出せるのではないか、と考えられるようになります。この可能性があるのが生成AIです。テクノロジーではなく、その効果がものすごく経営へのインパクトが大きいことがわかります。経営者は生成AIを活用して何をするか、という点にフォーカスする必要があります。この前提でぜひ生成AIのブームを捉えていただきたいと思っています。
驚くべき生成AIの能力
「生成AIは何ができるのですか?」という質問の最適解として紹介したいのが、こちらのあるナショナル企業から許可をいただいた社内資料です。
生成AIは何ができるかではなく、「聞く」か「依頼するか」でほとんどの仕事ができる、と説明しています。例えば、新事業の開発、製品のアイデア出し、プログラミング、生産計画、品質管理、工程管理、在庫管理、さらにはプロモーションやマーケティングなど業種に関係なく様々な業務に適用できるのです。
例えば、ChatGPTの活用で経営者の方におすすめしたいことの一つに海外ニュースのピックアップがあります。英語で書かれたニュースの詳細を知りたいとき、皆さんはどうされますか?
Google翻訳やDeepLといったツールを使って記事を翻訳したニュースを読まれているのではないでしょうか?
これからは生成AIに「この記事を要約して箇条書きにしてください」と指示してください。私はこのやり方で毎朝、CNN、BBC、Bloomberg、Reuters、これら4紙の全ての記事を20分で読んでいます。この使い方を知っている人と、半日遅れで配信される日本語で書かれた日本向けのニュースしか見ていない人とでは、ナレッジが全く違います。特にグローバル展開している企業の経営層の方にとって、このやり方を知っているだけで大きなビジネスの差になります。
また、今回のような勉強会をした後には、「わかりやすかった」「資料が見やすかった」など、アンケートでさまざまなご意見や感想をいただきます。その多数いただいたコメントを確認するのですが、以前に心理学の先生にお伺いした話では、このような意見を確認する際、200件を超えると自分の都合のいい情報しか受け取らなくなるそうです。
そこで私は、生成AIを使ってこのように指示を出します。「次のアンケートのフリーコメントの意向をまとめてください。良かった点と悪かった点などを分析してください」そうすると、良かった点、悪かった点と共に総評まで生成AIが書いてくれます。すごいことです。
会社のWebサイトやSNS、コールセンターに届くたくさんの意見をAIにかけると、AIは何百何千の意見も瞬時にまとめてくれます。実はこの先がポイントです。意見をまとめた後、次に生成AIに投げるプロンプトは何が適切でしょうか?
答えは、「次のセミナーまでに改善すべき点を10個考えてください」です。「もっとも簡単にできる改善点は何ですか」でもいいですし、「伸ばす点を教えてください」でもいいと思います。AIと対話ができるかどうかがポイントです。これが分かっていると生成AIとの向き合い方が優れていると言えます。
Copilotの企業活用
マイクロソフトはCopilotというサービスを展開しています。
このCopilotを企業の方々が自社専用にカスタマイズして使い始めています。なぜ自社製を使うのかといえば、生成AIの取扱いにはルールを決める必要があるからです。例えば機密情報や個人情報は扱わせない。ハルシネーションの危険があるから、最後に生成された情報は人間が確認して手を加える。こういったルール作りが大事です。現在、世の中に公開されているルールの中で最も優れているのが東京都庁のChatGPT運用ルールです。プロンプトの書き方もそうですが、運用ルールが非常に優れています。
すでに自社専用のChatGPTを導入している企業は国内だけでも2,500社を超えています。
一例ですが、全従業員9万人が利用しているナショナル企業があります。そこではIT部門が毎日何%の従業員が利用しているのか、というトラッキングをしていて、使っていない部署には利用を促す指示をしています。どうやって使えば良いかわからないという部署のために勉強会も開催しています。
ある大手の証券会社も全ての従業員が使っています。例えばこんな使い方です。「次の金融セミナーのアジェンダを考えてください。ターゲットは60〜80代の高齢の方々です 資産は4億円以上を持っていらっしゃる方です。資産のほとんどは現金だと思われます。どういった投資の話をするべきか、アジェンダを考えてください」と質問します。生成された回答に対してさらに「このアジェンダはA証券会社、B証券会社のセミナーでは開催されていませんか?」と質問します。ここまで具体的に活用されているのです。
建設業、金融・保険、食品、通信、など多くの企業で独自の採用が始まっています。あるIT企業では社内でプロンプトを公開して、優秀なプロンプトを書いた社員には金一封(最高額1,000万円)が支給されるそうです。こうして業務利用の定着を促しているわけです。
みなさんの会社で生成AIを活用するためには、まず禁止を解きましょう。そして、一部の人だけが利用するのではなく、全従業員に提供しましょう。質の高いプロンプトを投げて、働き方に変化が生まれたら一つのゴールです。
経済産業省が2023年の夏時点で「生成AI時代」という言葉を定義しています。時代は完全にシフトしています。そのレポートでは「指示(プロンプト)の習熟、言語化の能力、対話力など」と、対話力という言葉を使っています。日本人はこれがとにかく少ない。対話をして、AIと仕事を進める能力を高めましょう、と指摘しています。
生成AIが拡がっていくことでAIに仕事が奪われるわけではありません。“AIを使いこなしている人”に仕事が奪われるのです。少なくとも、まずはAIを使う側にならないと、仕事を奪われる側になってしまいます。今は指示した文章からテキストを作ったり、音声を作ったり、画像や動画を作っていますが、もっともっと変わっていきます。
現在のAIは指示をしたらやってくれる、つまり、Reactiveです。これがProactiveになると言われています。つまり、命令に応える形ではなく能動的・自動的に実行されるようになります。例えば、今は経営会議が行われたら、その内容に基づいて生成AIに要約や資料作成などの作業を指示します。ところが、これからの生成AIでは、経営会議が終わった段階でその内容を能動的・自動的に判断して、AIが従業員に指示を出すことになるでしょう。恐らく生成AIの近い未来はこうなるのではないかと言われています。
生成AIの活用には、それぞれの会社ごとに段階があります。この階段をぜひ私たちも一緒に登らせていただきたいと考えています。
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