DXを推進する企業にとって、DX人材の育成は喫緊の課題となっています。経済産業省の「デジタル時代の人材政策に関する検討会」(*1)で公開されている資料の中でも、DXビジネスを立ち上げるためには「これまでとは異なるコンピテンシー(行動特性)が必要となるが、それを身に付けるための教育をどのように行うかが、現在の大きな課題になっている」と指摘されています。企業が求めるDX人材を育成するためには、どのように取り組んでいけばいいのか、CTCでエンタープライズ企業向けのDXを担ってきた稲吉氏と、DX推進グループで社内ビジコンやイノベーションスペースを運営し人材発掘を行う松元氏に、企業の事業変革をテーマにDX推進を担当してきた滝澤氏が成功の秘訣を尋ねます。
登壇者プロフィール
伊藤忠テクノソリューションズ株式会社 エンタープライズ事業グループ デジタルビジネス推進第1部 DX・モデルシフト推進課 滝澤 保志
2003年 伊藤忠テクノサイエンス株式会社(当時)入社。CTCの取り扱うネットワーク製品の選定、提案、導入支援に従事。
2012年より CTCのASEAN地域における海外事業の立上げに従事し、途中4年間のタイへの駐在期間も含め日系企業のITシステムのコンサルティングを中心にグローバル展開する企業のサポートを担当する。2019年より企業のDX推進を担当する。
伊藤忠テクノソリューションズ株式会社 エンタープライズ事業グループ デジタルビジネス推進第1部 稲吉 英宗
1994年 伊藤忠テクノサイエンス株式会社(当時)入社。CTCが取り扱う製品・サービスの調査選定から提案・コンサルティング・導入支援に従事。
大手自動車メーカーにて製品だけでなく多岐にわたるプロジェクト支援に従事後、企業のDX推進を支援。社外セミナーなどで多数講演を実施。
伊藤忠テクノソリューションズ株式会社 新事業創出・DX推進グループ DX企画推進部 オープンイノベーション課 松元 絹佳
官公庁分野でのシステム導入や電力会社でのデータセンター移転検討などのコンサル業務に従事し、ビジネスデザイン領域へ。
お客様の目指す領域に合わせてワークショップ設計やファシリテータを行う。
2022年現在、Innovation Space DEJIMAの運営業務に従事。
DX推進のリスキリングに求められる人材教育
滝澤氏
業種、業界問わずDXに関する人材を育てたいという意思は、非常に高くなってきていると思っています。昨今では、DXの専門部隊を立ち上げて、新規事業に取り組もうとする企業もあります。そうしたDX推進部隊には、どのようなスキルが必要で、何をゴールとするべきなのでしょうか?
稲吉氏
メディアでも取り上げられていますが、リスキリングというキーワードがあります。単なる学び直しではなくて、技術革新やビジネスモデルの変化や技術革新に対応するために、新しい知識やスキルを学ぶという意味ですが、すでに国内でも実践されている事例があります。それを表にまとめてみました。
金融機関 | 全行員を対象としたリスキリングに注力 DX人材スキルを定義し、2階層に分けたプログラムを策定 |
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製造業 | デジタル対応力を持つ人材の強化を重点課題の一つに掲げ 4つのステップから構成される基礎教育プログラムを実施 |
製薬業 | 約3000人の全社員を対象にデジタル研修を開催 既存業務の効率も重視しつつ、管理職に追加の研修も実施 |
通信業 | 人事本部が牽引するかたちで、DX人材育成に注力 テクノロジースキルに特化した人材育成プログラムも開催 |
IT企業 | 約8000人の全社員を対象にAI活用の研修を開催 優秀な活用例の表彰や人事評価への反映も検討 |
松元氏
人材教育にあたっては、まずDX人材とIT人材を区別して整理する必要があります。IT人材というと、特定のITの分野におけるスキルを持った人材を意味します。それに対して、DX人材に求められるスキルは、データが示す意味とか重要性を理解して、デジタル技術をうまく活用し、ビジネスが求める結果を出せる能力になります。そのため、これまでの研修プログラムだけでは、求められるDX人材を育成するのは難しいと捉えられています。
理想的なDX推進人材像とは
滝澤氏
DX人材の育成は難しいということですが、DXを推進する人材像について、もう少し詳しく教えてもらえますか。
松元氏
DXとは、変革を意味しています。その会社のデジタル戦略のゴールに向かって、オペレーション力とイノベーション力を発揮できる人材が求められています。具体的に求められるスキルは、図のようになります。
テクノロジーに関しては、データ分析やAIにRPAそしてVR/ARなど最新の技術が求められます。加えて、クラウドや5GにDevOpsなどの新しい開発手法やプラットフォームに対する理解も必須です。こうしたテクノロジーを備えた人材が、ゴールに向かってオペレーション力を発揮します。
一方のイノベーション力では、DX推進のためのクリエイティブやマネジメントに加えて、イントレプレナー(社内起業家)としての要素も求められます。
滝澤氏
DX人材のイメージを伺うと、デジタル技術とビジネスの双方に通じたスキルが求められるように感じます。DX推進の理想とするスキルをすべて持っているスーパーマンを求めているかというと、そのような意図はないかもしれませんが、結果的にスーパーマン的なものも求められている感じがしますね。
実際に育成して行く上にでは、どういうことが必要になるのでしょうか?
松元氏
ある一定以上のスキルまでは、講義形式で教えることは可能です。しかし、一番大事なのは、DX人材として各社ごとの色というか、その会社のデジタル戦略がどのようなゴールを持っているかによって、求められるDX人材像も変わってきます。
稲吉氏
お客様の中には、DX自体がまだふわふわしているケースもあります。DXのゴールが明確ではないと、人材育成よりも先にそちらが課題になるかも知れません。ゴールがはっきりしていない企業では、現場での人材育成の前に経営者や意思決定層がDX推進を理解し推奨するためのコンサルティングが必要になるケースもあります。
滝澤氏
なるほど。DXのゴールが明確になっていないと、DX人材育成にも課題が出てくるのですね。つまり、DXでやりたい方向が決まっていて、何が足りないのか明確になっている企業であれば、DX人材育成も円滑に進められるのですね。
外部の優秀な人材でもDX推進が失敗する理由
滝澤氏
DX推進を積極的に実践しようと考えている企業の中には、社員のリスキリングよりもDXに精通した外部人材を獲得する例もあります。こうした外部人材の獲得は、有効な対策といえるのでしょうか。
松元氏
DX推進のゴールが明確で、そのための責任者を求めています、という人材募集を見ると、本当にスーパーマン的な募集が非常に多いと思います。その点に関して、育成という立場から考えると、そこをいきなり求めるのは、やはり難しいと思います。
稲吉氏
外部からDX推進のためのリーダーを採用するだけでは、課題は解決できないと思います。DXを実践していくうえで、もともとの組織が経験したことのない事項も多数あるので、人材育成も実施する必要があるのです。その課題を「壁」に例えた図がこちらです。
図のように、事業変革型DXでも業務改革型DXでも、その推進には5段階の「壁」というかステップがあります。最初がアイデア創出です。次にそのアイデアを事業化する具体化のステップがあり、実際の開発に取り組む実装方法の選択が続きます。そして、テクノロジーの利用における壁を乗り越えて、最終的な使いこなしというか定着へとつながります。これらの「壁」に加えて、それぞれの企業には社内カルチャーや組織に制度といった「風土の壁」が立ちはだかっています。外部から登用されたDX人材だけでは、これらの「壁」をすべてクリアするのは困難なのです。
松元氏
外部の優秀な人材は、DX推進のスキルは持ち合わせていても、政治力というか社内カルチャーなどの壁に突き当たってしまったり、その会社の事業そのものに精通していないがゆえに、革新的なアイデアを出せなかったりするケースもあります。
滝澤氏
なるほど。DX推進に精通した外部人材を頼りにしても、成功するとは限らないのですね。しかし、実際に立ちはだかるDX推進の「壁」を乗り越えていくためには、どのようなDX人材育成の戦略が求められるのでしょうか。
松元氏
その鍵は、DX人材の育成に適した教育モデルの採用です。それについては、後半でお話します。
後半では、DX人材育成の成功例と戦略について、CTCでエンタープライズ企業向けのDXを担ってきた稲吉氏とDX推進グループの松元氏が答えます。
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